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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

イスラエルのキブツの話

                      ≪十月二日≫      -爾-

   フランス人の名前は、”オリビエ”。
 漫画家を志望して、知人のいる日本へ行き、漫画家として修行をするのだと言う。
 紙と鉛筆を取り出すと、早速俺とイラン人の似顔絵を描き始めた。
 すらすらと鉛筆を走らせて行く。
 あっという間に、書き上げた。
 なかなかうまい。
 しかし、がっかり。
 俺は中国人のような切れ長の目をしているではないか。

       オリビエ「コレ、アゲマス。コレ、イランジン。コレ、アナタネ。」
       俺   「・・・・・・。」
       オリビエ「ドウデスカ?」
       俺   「俺って、こんな風に見えてるの?参ったなー!」

   漫画を描き終わったと思ったら、いきなり空手の型を見せ始めた。
  (これがまた、決まっているから大したもんだ。日本人より日本人みたいなフランス人オリビエが目の前にいる。)

       オリビエ「少林拳ね!」

   そして、驚きはまだまだ続いた。
 なんと、あの「サイタ、サイタ、サクラガサイタ」と言う、日本人でも持っていないだろうと思われる、終戦直後の小学校読本を持っているのだ。

       俺 「何で、お前がこんなもんを持っているの?」

   その上、日本が朝鮮を植民地化しているときに、朝鮮で作ったと思われる、古い(日本にもそうはない)一円札まで持っているのだから、あきれ返ってしまう。
 とにかく、名前にたがわずヒョウキン者で、日本人や中国人を見つけると、片言の日本語や中国語を駆使して誰彼れなく話しかけてくる。

       俺 「これだ!」

   オリビエの姿勢こそ、外国語をマスターする真の姿ではないか。
 このとき、ちょうど近くに韓国の青年がいたが、彼は英語が堪能だ。
 考えてみるに、日本人旅行者も立派なもんではないか。
 毛唐が日本語を話すよりも、日本人が英語を話す方が、様になっているのだから。
 日本人はもっと、自信を持って良いのである。

   とにかく、日本人はもっと、恥ずかしさを捨てなければいけない。
 見栄を捨て去り、毛唐に食らいついていく姿こそ、英語をマスターしようとする、真の姿ではないか。
 日本人よ!そして俺も、もっとバカになれ!
 バカになりきって、何でもいいから話しかけよ。
 相手は、何とか理解しようとしてくれるはずだ。

   英語を話せない変なフランス人。
 日本語と中国語を操る変なフランス人。
 フランス人、万歳!

                          *

   夜になって、ホテルの中に有る洗濯室で、今までの旅の汚れを落とし、その 隣にあるシャワー室で、旅の垢を落とす。
 この俺の風呂ぎらいは、ちょっと有名で、東京の下宿には風呂が付いていながら、なかなか入ろうとしない。
 年に二三度、田舎に帰れば、親父との喧嘩の種になる始末。
 そんな時、シャワーがあったらと思い、親に向かって”今度シャワーをつけようよ”と言い出す始末。

   そんな俺が、こちらのシャワーにはホトホト参っているのだ。
 とにかく、まともなお湯が出たためしがない。
 その上、シャワー室というのが狭い。
 時には、トイレと一緒になっていて、シャワーを浴びていると、誰かがトイレへ飛び込んで来る・・・・、それが、若い女性であることも、たびたびなのだから、落ち着いて入っていられないのだ。
 嬉しいのだけど。

   このときほど、鼻歌でも歌いながら、熱いお湯にどっぷり浸かりながら、のんびりしたいと思わなかった日がないというものだ。
 今日のシャワーの・・・・冷たい事。
 シャワーが、水なのだ。
 この寒い時期にだ。

                         *

   身震いするようなシャワーを浴びて、部屋に戻ってみると、日本人の若者が来訪していた。
 女連れで旅をしている若者で、まだ学生との事。

       若者「来年から、学校の先生になるんです。」
       俺 「へ~!良い身分だね。今までどこにいたの?」
       若者「イスラエルです。」
       俺 「イスラエルで何してたの?」
       若者「キブツにいました。」
       俺 「キブツってあれだろ。」
       若者「イスラエルのキブツと言っても、数が多くて。僕がまわされていたのは、内陸の方で葡萄の収穫をするんです。それが終わるとまた、別なところへやらされるんですけど。」

       俺 「・・・・。」
       若者「一日にそんなに働かされるわけじゃないんですけど、夜は毛唐なんかと収穫した葡萄を腹一杯食べれるし、良いんだけど一ヶ月の収入は10弗だけなんですよ。」
       俺 「たった・・・10ドル?」
       若者「ええ!金にはなんないすよ。外人は殆ど内陸だけで、国境近くのキブツには、自国の若者が配置されていて、軍事訓練なんかも行なわれていると言う話ですよ。」
       俺 「ふ~~ん。」
       若者「一言で言えば、呈の良い国境警備の一員なんですよ。だから我々は人手の少なくなった労働力を確保する為の、呈の良い外人部隊とでも言ったほうが良いのかな。」
       俺 「そうだろ。君達もパレスチナとの戦争に、イスラエルの人たちと一緒に参加しているのと同じだって事じゃ・・ないのかな。」
       若者「そうなるのかな。」
       俺 「そういうことだ。」

       若者「だから、イスラエルにとってこうしたヒッピーたちは、必要欠くべからざる人材って言うもんなんだな。手薄になった労働力になるわ、給料は少なくてすむわ、一石二鳥と言う訳だ。」
       俺 「そういうことだ。ところで、イスラエルには簡単に入れる訳?」
       若者「う~~む、それなんだけど、とにかく廻りのアラブ諸国は、イスラエルをまだ承認していないわけさ。だから、行きたければ勝手に行け!と言ってくれるんだけど、入ったは最後次に出国するときが大変なんだ。飛行機で出国するしか方法がないんだ。」
       俺 「やばい話だね。」
       若者「それでも結構面白い事があるよ。配属されたキブツで休みの時なんか、バス・ツアーを組んでさ、・・・・シナイ半島まで行くわけさ。遠足のようなもんで、ついこの間まで戦争していたところを見て帰ってくるんだけどさ。砂漠の中に戦争の残骸がまだ、生々しく残っているのを観るのも、なかなか興味深い経験をさせてくれるって訳さ。」
       俺 「良い経験さ。何事も。」

   そんなこんなで、話し好きな彼が俺の部屋を出たのが、午前〇時を廻っていたような気がする。


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